ヴュルツブルグの想い出

私が留学していた、ドイツ・ヴュルツブルクの町の想い出です

 

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 ヴュルツブルクの思い出(その4)「ドイツのクリスマスA」

ドイツのクリスマス、家庭ではどういう風に過ごすかといいますと、日本のお正月と似ていますが、家族みんなで過ごすことが習慣となっているようです。クリスマスには必ずと言っていいほど、遠くに住んでいる娘も息子も孫達も帰って来ます。24日の日には、家の中に飾り付けられたクリスマスツリーの下に、プレゼントの山ができます。包みには、家族めいめいにあてた名札がついています。私も、ケルンという町に、私が「ドイツのおばあちゃんち」と呼んでいる家庭がありまして、毎年クリスマスを家族の一員として過ごさせて頂きました。そこに行くと、本当の子供たち・孫たちのプレゼントに混じって、「Atsuko」という名札のついたプレゼントが用意されていたものです。

 

教会では、クリスマスの日には、当然のことながら、キリストの生誕を祝うミサがあげられます。クリスマスが近づいてくると、どの教会にも、木彫りの人形を飾った特設コーナーが出来あがります。この木彫りの人形のことを、ドイツ語で「クリッペ」といいます。直訳すると、「飼い葉桶」−イエスがお生まれになった時に寝かされた、馬の餌箱のことですね。この人形は、中央に、イエスと飼い葉桶が置かれ、両側に母マリア、父ヨセフ、その回りを羊飼い達や東方の三王が囲んで礼拝している様子がセットになって飾られています。クリッペの前を通りかかった親子が、人形を指差しながら、子供に物語を聞かせている様子も見かけます。そうしたことで、子供たちも、クリスマスの物語に親しみながら接することが出来るようです。

 

クリスマスとは、本来はキリスト教の宗教的な行事です。では、キリストが生まれたのが12月25日だということを、誰かが知っていたのでしょうか?実は、そうではなくて、キリスト生誕の日が、12月25日に決まったのは、紀元後325年の、ニカイアの宗教会議においてでした。そこで、キリストの生誕の日が、ペルシャの「太陽神ミトラ」の冬至祭と、ローマの農耕の神「サトルナーリア」の祭りに重ね合わせられたのです。ちょうどクリスマスの時期は、日が最も短く、太陽は一番力を弱めますが、冬至を境に、春に向かって、再び勢いを取り戻し始める時期でもあります。そういう時期に、キリスト教の一大祝祭日を持ってきたことの背景には、キリスト教信仰を、「農耕の神」や「太陽の神」、または森羅万象を畏怖する、ゲルマン民族の民間信仰に結びつける、という意図があったのです。つまり、民間信仰をキリスト教の中に取り入れることで、キリスト教をより多くの人に広めようとした、キリスト教側の「策略」だったのですね。民間信仰に根づく、植物=農作物をはじめ、太陽に恵みを受けているもの全ての、再生と繁栄を願うお祭り。そういう意味も取り込んで、意図的に定められたクリスマス。ツリーやリースなど、クリスマスに「緑」を飾るのは、もとはといえば、こんな背景があるからなのです。

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ヴュルツブルクの思い出(その3)「ドイツのクリスマス・@」

クリスマスの時期のドイツは、それはもう本当に寒いのです。雪が降って、積もって、なかなか溶けなかったりします。テカテカに凍った道で転んで、ねんざをする人もいます。私ですが(^^ゞ(実話)。それでも何だか、人々がうきうきしているのを感じます。ツリーを飾ったり、プレゼントを用意したり、クリスマスを楽しもう、という気持ちは、キリスト教の国でも、そうでない国でもあまり変わらないのかもしれません。

 

12月になると、各町でクリスマス・マーケットが開かれます。ヨーロッパを旅行された方は、ご存知の方も多いと思いますが、ヨーロッパの町には、町のど真ん中に教会があって、その教会の周りが、広場になっています。普段は、朝から午後早い時間まで、野菜や果物・焼きソーセージなどの市が立ちます。毎年クリスマスの時期になると、その広場に、大きなクリスマスツリーが立てられます。そのツリーの周りに、夜遅くまで、クリスマスにちなんだものを売る屋台が、所狭しと並ぶのです。

ヴュルツブルクでは、日が最も短い時期には、夕方4時ぐらいは真っ暗になってしまいます。暗い街路から広場に出ると、明かりがこうこうと灯っていて、グリューワインの匂いが鼻をくすぐります。グリューワインというのは、温めた赤ワインで、ハーブや香料で味付けしてあります。それを飲みながら、クリスマスの飾りものや、カード、蝋燭、レップクーヘン(ハチミツの入った飾り用のクッキー)、なぜか日常雑貨まで売られている屋台を見て歩くのです。グリュー・ワインやレップクーヘンの、甘い匂いをかぎながらマーケットを歩けば、凍てつく冬の夜を熔かすような、温かい雰囲気につつまれます。

 

ドイツのクリスマスツリーは、シンプルで、味わいのある飾り付けがなされます。のした麦わらを放射状に組み合わせて切り込みを入れ、星や雪の結晶の形に作り上げた「シュトローシュテルネ」と、赤いリンゴ、ろうそく(本物を、器具を使ってうまくツリーに止める)、それだけです。これが、渋くてなんとも素敵!金モールとか、ケバケバのオーナメントよりも、センスがあると思いました。

 

クリスマスツリーとは、緑が少ない冬の時期に緑を飾ることで、太陽が勢いを取り戻し、再び日が長くなり始める時を祝い、次の年も豊作でありますように、との願いをこめて飾るものだ、という話を聞きました(その4 参照)。ツリーと同じく、緑を使ったもので、クリスマスのリースがあります。ヨーロッパのリースは、壁に掛けるタイプと、テーブルの上に置くタイプのものがあります。壁にかけるタイプは、日本でもおなじみですが、テーブルに置くタイプは、というと、針葉樹で作られた丸いリースの上に、4本のローソクを立てて使います。この4本のローソクは、キリストの生誕を待ち望む日々を象徴しています。

 

キリスト教会の暦に、待降節という時期があります。この待降節は、キリストが生まれる日、すなわち12月25日からさかのぼった4回前の日曜日から始まります。クリスマスを迎えるまでに過ごす4回の日曜日が、4本のローソクに対応していて、待降節の第1回目の日曜日に1本目のローソクを点け、第2回目の日曜日には2本目をともして、第3回目の日曜日には3本目を、第4番目の日曜日に4本目を・・・そして、4本のローソクが全てともったところで、クリスマスがやってくる、という、とても印象的な仕掛けなのです。

 

クリスマスを待ち望む「仕掛け」としては、他にも、アドヴェント・カレンダーというのがあります。12月1日から25日までのカレンダーで、各日にちに扉が付いていて、毎日1つずつ開けていく、というもの。こちらは、どちらかというと、お子様向き。扉の中には、可愛いキャラクターが描いてあったり、凝ったものだと、お菓子が入っていたりします。1日に全部開けて食べてしまって叱られる子、絶対いそうですよね!(画像・ヴュルツブルグ市ホームページより拝借)

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ヴュルツブルクの思い出(その2)「ナハトムジーク」

 

前回は、ヴュルツブルクのレジデンツ宮殿で行われるモーツァルト音楽祭について触れました。そこで、その音楽祭は市の外部から来る観光客目当ての催しである、ということをお伝えしましたが、それでは、市内に住むヴュルツブルク市民は、チケットも手に入れられず、指をくわえて見ていなければならないのでしょうか?

 

そんなことはありません!ちゃんと市民が参加できるイヴェントが用意されています。その名も「ナハトムジーク/Nachtmusik」。夕方から夜にかけて、レジデンツのロココ庭園で行われる野外コンサートです。庭園中央にはいす席もありますが、これは高いチケットを買ったお客様用で、市民のためには、もっとすばらしい席が用意されています。ただしその席を得るには、少々気力と体力がいりますが。

 

まず、お弁当とゴザを持参し、その日だけはしっかり閉ざされた庭園の門の前に並びます(会場2時間前にはいた方がいいでしょう)。最初のうちはいいのですが、だんだん開場時間が迫ってくると、門の前で人が待つ場所が狭いので、ほとんどおしくらまんじゅうのようになり、息が出来ない程の状態で、もみくちゃにされます。いよいよ開場時間になり、門が開いたら、バルコニーに特設された舞台がなるべく見やすい芝生めがけて、一目散に走っていきます。そこにゴザを広げ、場所を確保すれば、7時ごろから10時過ぎまで続くコンサートを、いす席では出来ない、リラックスした雰囲気で、ゼクト(発泡ワイン)でもひっかけながら楽しめるというものです。

 

さて、私も留学して最初のモーツァルト音楽祭の時ナハトムジークを聞きに行きました。例年ナハトムジークでは、音楽大学のオーケストラが演奏するので、友達の応援もかねて行ったのですが、早くから庭園の門にへばりつく様にして何十人もの圧力に耐えたお陰で、舞台を左斜めに見る、最前列に近い芝生を確保できました。開場してから開演まで、2時間ほどあるので(のんびりしていますね)、その間に持参したお弁当を戴くのです。ドイツ人はソーセージを挟んだパンなどを持った人が多いのですが、私達は、日本人の友達どうしで分担して、幕の内弁当よろしく見た目がきれいな、和食のお弁当を作ってきました。そのお弁当を広げていたら、まわりのドイツ人が見に来てほめてくれたり、取材に来ていたテレビ・カメラに撮影されたりして、ちょっと得意な気分でした。

 

その日の演目は、主にモーツァルトと、彼と同時代の作曲家によるオペラの序曲や有名なアリア、協奏曲などで、ドイツ国内のオペラ・ハウスで歌っている韓国人のソプラノ歌手が「夜の女王のアリア」を見事に披露しました。協奏曲は、楽器の独奏者がオーケストラをバックに演奏するのですが、音楽大学の先生が独奏者に迎えられることも多く、学生にとっては音楽を楽しむとは別な意味で興味深いものがあります。それから、2メートルもありそうなアルペンホルン(直管のホルン)が登場して、オーケストラと共演したり、モーツァルトの時代の扮装をした人々が、舞踏会を再現したり、聴くだけでなく見ても楽しい企画が盛りだくさんです。

 

楽しく音楽を聴いているうちに、少しずつあたりが暗くなってきます。6月ですとドイツは夜10時半近くまで明るいのですが、いつの間にか、庭園の花壇の間に立てられた、棒の上にプラスティックのカップが付いたようなキャンドルスタンドや、いす席の後ろの方に設けられた松明に灯がともされます。幻想的な雰囲気の中で音楽会はフィナーレを迎え、幕を閉じます。人々が帰り始めても、庭園の後ろの方では若者がビールを飲みながら歌ったりしていて、彼らの宴はこれから、という感じでした。野外演奏会では、あまりかしこまらずに、それぞれのひとがそれぞれの楽しみ方で、このイヴェントに参加しています。ある人は純粋に音楽を楽しみ、ある人はお祭り騒ぎをしに集まって来るのです。こういう演奏会が成り立つ土壌がある、ということが、日本の音楽を取り巻く環境と比べて、とても羨ましく感じました。私達の楽しみ方は、お弁当作りに精を出したり、休憩時間に、舞台で演奏している友達をひやかしに行ったり、どちらかというとお祭りさわぎに近かったような気がします。

 

皆様も、もし6月にヴュルツブルクにいらっしゃることがあったら、にわか”ヴュルツブルクっ子”になって、「特別席」でコンサートに参加されるのも、面白いかもしれません。ちなみに「特別席」に入るのは、10マルク位だったと思います。

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ヴュルツブルクの思い出(その1)「ヴュルツブルクってどんな町?」

 

私は1993年の8月から1996年8月まで3年間、ロマンティック街道の出発点の町として知られているヴュルツブルクで過ごしました。この町は、ちょうどドイツのおへその位置(中部)にあることと、町の中を流れているマイン川が暖気を運んでくるため、ドイツ国内にしては比較的温暖な気候です。夏は日中は30度を越える日が続きますが、冬は雪も降らず,降ってもだいたいその日のうちに融けてしまいます。

 

この町の最初の印象は、とにかく教会などの塔が多いということでした。マイン川を挟んで町の対岸の丘の上から町を見ると、まるで剣山のよう!(ちょっと大ゲサ?)それもそのはずで、昔ここにはカトリックの大司教座があり、ここを治めていたのは司教領主といって、宗教・政治権力を併せ持ち、権勢を振るっていたのです。塔が4本立っていて、上から見ると十字架の形をしている重々しいドーム(大司教が「常駐」している教会、という意味)をはじめとして、大小40近い数の教会があり、日曜日の礼拝がはじまる時間などには、町中いたるところから鐘の音が響いてきます。私が最後の1年間を過ごしたアパートの裏にも、大きなバロック様式の教会があり、引越しした当時は、毎朝7時に頭の上からガンガラガンガラ聞こえる鐘の音に参ってしまいましたが、帰国してみると、鐘の音が聞こえないのが、身にしみて寂しく感じられました。

 

この町にいると、毎日毎日、教会の塔を見、鐘の音を聞かざるを得ないのです。私のように宗教心が薄い者でも、自然と信仰心が生まれてきても不思議ではないな、と感じてしまうほど、日常に教会のある環境でした。また、すべての教会にかならずといっていいほど、パイプオルガンが備えてあり、各教会に専属のオルガン奏者がいるので(ミサの時にオルガンと合唱は欠かせない)、オルガン・コンサートが毎週のように、どこかの教会で開かれています(ただし、すべての教会のオルガニストが、とっても腕が良いとは言えないのが現実です。念のため・・・)。

 

また、ヴュルツブルクに限ったことではありませんが、教会に行けば、絵画や彫刻、教会建築自体など、すばらしい芸術にたくさん出会えます。私はとにかく、教会を見るのが好きで、ヨーロッパ中どこへ行ってもかならず教会に入って、見るようにしていました。皆様の中でドイツにいらっしゃったことのある方、50マルク札に何が書いてあったか覚えていらっしゃいますか?実はヴュルツブルクにあるドイツ・バロック様式の代表的な建造物であるレジデンツ宮殿と、その建築家バルタザー・ノイマンの肖像なのです。

 

レジデンツ宮殿・皇帝の間

 

ノイマンは、ヴュルツブルクを中心としたフランケン地方で活躍した偉大な建築家で、この地方にたくさんの美しい建造物を残しました。

 

このレジデンツでは、毎年6月にモーツァルト音楽祭が開かれ、有名なオーケストラや演奏家がやってきます。日本人の音楽好きな観光客も、特に有名な演奏家のコンサートには、たくさんいらっしゃるようですが、困ったことに、地元住民にはチケットがほとんど手に入らないのです。なぜなら、この音楽祭はヴュルツブルクが市をあげて観光産業のために行っている催しで、市内のホテルを利用する人が、絶対優先でチケットを買うことができるからなのです。たまたま音楽祭の時期に、私の両親がドイツに来ることがあり、私は、是非両親に演奏会を聴いてもらいたいと思い、市の文化省(kulturamt)まで出向いたのですが、チケットはもうない、と言われました。試しに親に日本から注文してもらうと、すぐに文化省から国際電話があり、2枚分とれた、と言うのです。おかげでその年は念願かなってレジデンツの「皇帝の間」で演奏を堪能することができました。

 

「皇帝の間」は、音響がたいへん良く、演奏によっては残響が長すぎるくらいですが、美しい色大理石の柱や、壁や天井に施されたきらびやかな装飾や、皇帝の戴冠式の様子がいきいきと描かれた天井画に囲まれて聴く演奏会は、コンサートホールで聴く演奏会とは一味違って、昔の貴族になったような雅びな雰囲気にひたれます。休憩時間には、ロココ庭園に松明と蝋燭の灯がちりばめられ、皆シャンパングラスを片手に庭園を散歩します。ドレスアップしたドイツ人のファッションを眺めるのも楽しいし、普段クラシックはどうも、という方にも、ぜひおすすめです。

 

ところで、このレジデンツができたバロック時代、当時宮廷で演奏されていた音楽に欠かせなかったのが、私が勉強してきたチェンバロです。このホームページをご覧いただいたのを機会に興味を持っていただければ幸いです。

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