ビケ♪アムステルダム旅行記
(2001年2月21日〜25日)

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2月21日1日目)

   いよいよ、アムステルダムに出発!ところが、はじめからトラブル発生。本当は、午前中には成田エクスプレスに乗っているはずだったのに、KLMオランダ航空がストのため、お昼(1145)のフライトが夕方(1910)に変更になってしまった。そのお陰でかえってのんびり出発できてよかったのだけれど・・・それにしても、飛行機、変更後の飛行時間が、かかりすぎ(-_-;)・・・16時間くらいかかる予定になってるぞ?

   前の日は、朝から晩までお仕事で、帰ってみると旅行会社からるす電が2回と、Faxが・・・いや〜な予感。。。案の定、次の日に乗る予定の飛行機が、ストライキのため9時間遅れて出発とのこと。そして、到着は現地時間22日の午前615分・・・せっかくフライトの時間に合わせて成田エクスプレスを予約したのに(-_-;)・・・急いで駅に戻り、時間を変更してもらう。そして、もう1つやることが。アムステルダムのホテルにダンナに電話をしてもらい(電話だと私の英語力に不安あり!だったので)、1泊キャンセルする。やれやれ。

19時過ぎに、やっと飛行機に乗り込む。しかし、なかなか出発する様子がありません。前の日から気になってはいたのですが、19時発で翌朝6時着なら、時間がかかり過ぎなのです。しかし、チェックインの時にその真相は分かりました。KLMのストではなくて、アイスランドの管制官のストで、つまり、通常の航路では飛べないとのこと。そこでなんと、カナダのモントリオールを経由して飛行するため、19時間もかかるのだ、と言うことでした。やれやれ・・・

・・・と思いきや、アナウンスが入る。どうやらアイスランドのストライキが終わったらしく、普通の航路で行くことが決まった様子。しかも、航路が決まってから燃料を積み込むため、なお30分も待たされ、結局20時半過ぎに飛び立つ・・・やれやれ・・・

飛び立ってからふと、我に返って考えてみる。20時半に出て13時間かかるということは・・・現地時間で夜中の1時に着いてしまうということではないか!ホテルはキャンセルしちゃったし、私はもしかして、野宿の墓?!(何言ってるのか分かりません!)日本人ステュワーデスさんを呼んでもらって相談しても、その時点ではどうなるかいまいち分からないらしく、不安な13時間を過ごす。

アムステルダム・スキポール空港で飛行機を降りて、荷物が出てくるのを待っている間、「Arrival Service」に人の列が出来ている。次の日にトランジットで乗り継ぎのある人は、ホテルに連れていってもらう模様。そこで、乗り継ぎはないが泊まるところもない私も一緒に並んで事情を説明することにする。ところが!オランダ人の係員は、「キャンセルしたのはあなたの責任でしょ!」みたいなことを言って、ぜんぜん取り合ってくれない。そりゃあ、私だって20代の頃だったら、空港に1晩野宿するくらいの勇気はあったと思うよ。でももうさすがに、それはいやじゃ〜!と思ったので、飛行機の中で相談に乗ってもらった日本人ステュワーデスさんを見つけ、一緒に来てもらう。そのステュワーデスさんは、本当に親身になって一生懸命交渉してくれました(じーん(TT)涙)。そして、1人のオランダ人女性スタッフをさして「この人についてて下さいね。」と言い残し、去って行ってしまった(あ、行かないでぇ〜(ノ;o;)ノ)。本当に大丈夫?ドキドキが120パーセントになった時、その女性スタッフと話していた、さっき私が断られた係員のおやじさんが、ホテルの券を出してくれた〜!\(TOT)/!やれやれ!生き延びました(そんな大げさな・・・?)。

連れていってもらったホテルは、自分1人だったら絶対予約しないような超豪華ホテルでした。おまけに、ホテル代はKLMが持ってくれたらしい(KLM太っ腹〜!)。踏んだり蹴ったりだったけど、ちょっとラッキーだったかも。(2日目へつづく)

 

 

2月22日(2日目その1)

   飛行機の中で、うんと眠れてしまったので、疲れているはずなのに、超豪華ホテルのふかふかベッドでもほとんど眠れず、7時半には起きてしまう。もちろん朝食は付いていない訳で、自動販売機でファンタを買って飲み干し(悲しい・・・でもホテルの朝食代はもったいない(-_-;))、チェックアウト。市内のもともと泊まるはずだったホテルまでタクシーを呼んでもらう。待っている間に、ゴージャスなロビー&小型風車の立っているお庭を撮影しまくる。ミーハーな私。

ゴージャスなロビー♪

  タクシーの運ちゃんは、20代の青年で、初めは慣れない英語で「思ったより寒くないねぇ。」などと当たり障りのない会話をする。そのうち、その青年が御曹司だということが発覚。なんでもおじいちゃんが、アムステルダム有数のビルのオーナーなんだそう。で、その青年の住んでいる家というのがなんと!18世紀に出来た歴史的な家だというのだ!!!そして、3年ごとに、政府から半額の援助を受けて、修復しなければならないこと、去年はその青年が自分でペンキを塗って、丸1ヶ月かかったということ、ひいおじいちゃんの代に2000ギルダーで買った家なのに、今売ったら億単位になる、など、いろんな話を聞かせてくれた。こういう現地の人とのコミュニケーションが、楽しいねぇ。

アムステルダムの街に着いて、青年の言うことも納得。だって、並ぶ家々にはほとんど、その家が出来た年のプレートがはまっていて、「1673年」とか、「1759年」とか、1718世紀の建物なのだもの。町全体が博物館的価値があるって事なのねぇ。「しかし御曹司がなぜ運ちゃんを?」という疑問を残しつつ、ホテルに到着。ほっと一息。(つづく)

 

 

2月22日(2日目その2)

ベッドカバーが、派手なのねぇ・・・

ベリー・ダッチなチューリップ

着いたホテルは、ホテルというよりもアパートメントで、12畳くらいの空間にベッド、キッチン、小さなリビングとダイニングテーブルセットが置いてあった。地下室なのだが、白い壁にアートのポスター、鏡を多く使ってあるため、明るい感じ。リビングテーブルの上には、白と赤の段だら模様という、いかにもオランダっぽいチューリップが飾ってあった(よく16世紀の静物画に出てくるようなやつ)。

  ホテルに早朝に着いてしまったため、まだ部屋は片付いていなかった。そのうちメイドさんが来たので、何はなくともミネラルウォーター(コンタクトレンズ生活者にとってヨーロッパでは欠かせない)ということで、メイドさんにスーパーマーケットの場所を聞く。荷物は置いて、さっそく運河沿いの道を歩いてスーパーへ。1.5リットルのボトルと、真っ赤に熟れてあまりにおいしそうだった枝付きトマトを買う。お水のボトルを抱え、トマトの紙袋を提げて歩いていると、なんだか留学中を思い出して、なんかいい感じ♪こんな些細なことも、そこがヨーロッパというだけで、めちゃくちゃ楽しい。

 

マヘレの跳ね橋

 

その日は街歩きなどをし、どの家も美しいので、写真を取りまくる。白い跳ね橋も見た。ホテルの周辺は、レンブラント広場が近く、若い人が集まるところらしい。合法薬物の取引場となっているといわれる、コーヒーショップも近くにある。それ以外は、閑静な運河沿いの落ち着いたところだ。夜にはハーグに住んでいる知り合いと落ち合い、タイ・レストランへ。同じアジア人なのに、何ともエレガントな物腰と微笑み(日本人の愛想笑いと、違うのよねぇ。)に、ああ、西洋の人はこういうのを見て、アジアに夢を抱くのかな・・・などと思う。日本人の私も、惚れました。ヨーロッパに来て、改めてアジアの魅力みたいなものに気が付くなんて、なんだか反語的。

 

 

3日目へつづく

 

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